公務員(放射線技師)時代の葛藤

今回は元放射線技師兼公務員だった僕がなぜ病院を退職し、転職をせずにいきなり独立をしたかという話をしていきます。

退屈すぎた公務員時代

病院での仕事はとにかく退屈でした。

日々やることが同じで何のやりがいないルーティンワーク

やろうがやらまいが給料は変わらないというぬるさ

夕方になれば基本的には世間話

こんな毎日が7年間続きました。

僕にとってはとても短く感じた時間でした。なぜならさっきも言ったようになんせやることが毎日変わらないので、1日の充実度が限りなく低く

何もしていないのにただただ日々が過ぎていき、気づけば1年経っている。

そんな感覚でした。

このままではいけない!!

そう思って求人サイトをみたり、プログラミングを始めたり、YouTubeをこっそり始めたりと色々しました。

ちなみにですがとある動画がバズって34万回再生いった動画があります。

その動画はこちらのリンクですのでぜひ見てみてください。

しかし転職に踏み切れないというジレンマ

上記のように色々やってきた放射線技師時代ですが、結局のところ全て途中で挫折してしまいました。

今思えば、自分が今後どのように生きていきたいか

それを深く考えずに手段にばかり固執していたからだと今ではわかります。

でもたとえどんなにゴールが明確になっても転職は怖いですよね。

なんせ転職というのは孤独との戦いでもありますから。

最後の挑戦!プログラミング

色々と挑戦しては挫折してきた放射線技師時代。

プログラミングに至ってはほぼ一年毎日頑張って転職をしようと思い、頑張ってきましたが

それも結局挫折。

プログラミングを勉強するには東京一択だと思っていたこと

家族と一緒にという今日にいくことの生活の変化を恐れた

子供が産まれてすぐに両親から引き離すのが心苦しかった

本当にエンジニアとして生きていくのが自分の幸せになるのか

これらが決め手となって結局プログラミングも挫折してしまいました。

プログラミングで本気で転職を考えていたので

自分には人生を変えることはできないと本当に絶望しました。

命を絶って楽になろうと考えたほどにです。

うちに来なよ。退職するきっかけをくれた社長

さて、それからというもの少し休んでから、やっぱり放射線技師として生きていくかと考え数ヶ月を過ごしました。その時は当然仕事にやる気は出ず、

ゲーム

ギター

筋トレ

など趣味を楽しむことにしていました。

それでも僕の心が満たされることは決してありませんでした。

そこで転機が訪れます。見出しに書いてあるとある社長さんとの出会いです。

その社長さんはとても優しい方で、僕の思いを汲んでくれて

ウチに来なよ。

と言ってくれたんです。これが僕にとってどんだけ嬉しい一言だったか。

完全に人生が変わった瞬間です。

僕はこの社長さんが困った時は必ず助けたいと思っています。

しかし、そこに転職することはなく僕はいきなり独立をすることになります。

がそれはまた今度!

皆さんも後悔のない人生を!!

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